リレーコラム003 田宮 慎

この時代を共に生きる仲間たちと

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 大学進学を機に上京して以来、約15年ぶりに秋田に戻り、早いもので1年が経ちました。たくさんの出逢いに恵まれ、人の温かさに触れ、充実した日々を過ごしながら、二度目の冬を迎えています。

 ゼロダテとの出会いは、ちょうど一年前。ZAC TOKYOが入居する東京秋葉原の旧中学校校舎をリノベーションしたアートセンター「3331 Arts Chiyoda」のオープンを間近に控え、松渕くんがプロモーションのため秋田市を訪れた際に、ココラボラトリーの笹尾さんから紹介されたのがきっかけでした。東京における秋田の新たな活動拠点、発信拠点、民間によるオルタナティブな秋田を提示していきたいというコンセプトにとても共感しました。

 東京にいた頃は、JR系列の「駅ビル」と呼ばれる商業施設を中心に、全国の商業施設(SC)の企画・デザイン・プロデュース・コンサルティング、店舗の企画・業態開発・ストアデザインなどを業務とする商空間デザイン・プロデュース会社で、企画プランナーとして、また、設計者やデザイナーらによるチームを束ねるディレクターとして、東京・大阪を中心に活動していました。
 高校も大学も、デザインやアートを専門に学んできたわけではなく、本当に人との縁というか、ふとしたきっかけでこの業界に足を踏み入れることになったのですが、いまこうしてコラムを書いていることを思えば、不思議とそれも必然であったように思えてきます。人生って不思議ですね。


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 ストアデザインはレディスアパレルを中心に東京や大阪で多くの仕事をさせてもらいました。関わらせてもらった店舗は、新宿ルミネやラフォーレ原宿、六本木ヒルズなどにもまだありますが、東京のリアルクローズの先端のそれらは、本当に華やかな世界。でもそれは、一般の人達の目に触れるごくごく表面の部分で、現場や裏側は、精神的にも肉体的にも、とてもタフさが求められる世界です。女性はパワフルだなぁと何度思わされたことか。それと、レディスアパレルのトレンドの速度は本当に速くて、長く愛されるブランドはほんの一握り。また、商業施設も基本は売ってナンボの世界ですから、これらの仕事をしていた私も、変化の速いトレンドと移り気な消費者を常に意識しながら「いかにして消費させるか?」を考える毎日でした。
 「消費」というサイクルから切っても切り離すことの出来ない世界。そんな中で自分なりに仕事の理由を模索する日々が続いていました。「ファッションは何を提供し得るのか?」「店という空間、商業施設という場は、何を提供し得るのか?」単なるモノの行き来を超えた何か、その意味や意義のようなものを。

 慌ただしく過ぎる毎日の中で、少しずつ見えてきたのは「高揚感・勇気・前向きな気持ち」ではないか?というものでした。「この服を着て試験や面接を頑張ろう」とか、「初デートやプロポーズの場面、これを着て勝負しよう」とか、「新しい自分」のような気持ちの切り替え、少し背筋がスッと伸びる感じ。そして、お店という空間・場は、それを後押ししてくれる人がいつもその場所にいてくれる、笑顔で出迎えてくれる、自然と笑顔になれる安心感のような存在価値。その場を訪れた人が、そのモノを手にした人が、どんな気持ちになるのか?その「気持ち」「気分」のようなものを創り出す、提供する仕事なのではないか?と。それからは、提供者側の想い「商品や場を通じて、どんな気持ちになってもらいたいのか?」、そして受け手側の求めている「気持ち」を大切にしながら、企画やデザインと向き合うようになりました。

 それでも、仕事で関わるのは東京や大阪といった大都市がほとんど。そして近年の都市部は供給過剰とか成熟消費社会と言われ、目まぐるしい速度で競合他社が消費者を奪い合っています。「モノからコトへ」などと言いながらも、都市部のそれはそう簡単には変わらない、変われない。また、都市部のトレンドは雪崩式に地方に(意図的に)広がり(広げられ)、駅ビルや商業施設は、その規模や形態こそ違うものの、全国どこへ行っても店は似たような顔ぶれ、同じようなモノが店頭に並ぶ。どこの誰が作ったのか分からないモノが大量に作られ、大量に消費されていく。いつしか私は、この奪い合いの世界と移ろいの速度、そして金太郎飴のような開発に対しても、大きな違和感を感じていました。


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 それは秋田という都会とは異なる世界の「地方」「田舎」で生まれ育ったからかもしれません。そこには地域や土地ごとに文化や風土があって、それらは永い年月をかけて形成されてきた地域固有のもの、そして資産。それらが反映されない画一的な開発は、モノが少なく需要が供給を上回っていた一昔前の時代の価値観ではないか。「もっと地に足のついた永く愛されるもの、どこの誰がどんな想いで作ったのかが見えるもの、その地その地に根ざしたものと関わりたい。そういう価値観を大切にしたい。」想いは日増しに強くなっていきました。また、仕事の多くは商業施設という大きな箱に関係するものだったのですが、そこへ足を運ぶ人の動機や、消費活動することの理由や目的は、そのほとんどが施設の外にあります。日々の日常の中で作られます。私は、「施設の中だけではなく外に出てみたい、日常へ入っていきたい、理由やきっかけを作ってみたい」そんな衝動にも駆られるようになっていました。


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 若い世代は理由なく無闇にモノを求めなくなりました。「消費」という行為自体が楽しみではないから。モノがあることが、イコールで幸せと直結しているわけではないと気がついたから。今後しばらくは人口も確実に減り続けます。でも、減り続けるという言い方は、このままの価値観と暮らしをしていたらの話で、過去に目を向け、新しい時代を見つめ、そこから未来を想い描けば、人口はかつての地域の自然な数に戻っていくという言い方もできるかもしれません。


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 秋田に戻ったいま、感じた違和感、湧き出た想いを、この地を拠点に具現化すべく、地域の資産を可視化すべく活動しています。それぞれの地域には、それぞれの風土や、その地に根ざした文化や産業があります。そこには、その地の人たちの個性や思想が必ず反映されていて、体内を巡る血液のように、表面には見えていなくても脈々と流れている。体内の血液を日々意識する人は少ないかもしれないけど、私はそれを強く意識していきたい。


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 昨年10月3331 Arts Chiyodaでゼロダテの力強いサポートのもと、秋田清酒株式会社さん主催で開催し、好評を得た「やま と しずく L×7→U」。全体のコンセプトメイク・企画・コーディネートを担当させていただいたこのイベントは、「やまとしずく」という日本酒を通して、地域性を色濃く表現できたのではないかと思っています。丁寧に見つめ、丁寧に伝える、無理のない速度で、ゆっくりと進化し続けてきた地域の宝物を、丁寧に。


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口にするモノ、食べるということ。
家族、仲間、友人、愛する人。
暮らし、時間、生きるということ。

 いま多くの仲間が、どこかみな共通して、このようなことを見つめ直そうとして、現在、そして過去と向き合っているような気がします。生まれ育った地で取り組む人もいれば、そこを離れる人もいる、国を離れ異文化の中で暮らす人もいる。
 いまこの時代が素晴らしいことのひとつは、これらの人たちが想いを共にすることができるということ。想いを共にすることができる人と出逢うチャンスが増えたこと。そして、容易に会話をしたり、文章や写真を交換したり、意見を交わしたり、共に取り組むことができるということ。
 小さな点が結ばれた時、それは一見不揃いのように映るかもしれないけど、瞬く小さな星たちのように、夜空に大きな星座を描き出す。

 この時代を共に生きる仲間たちと、未来に向けた星座を描きたい。
「地域が地域らしくあり続けられるために」


casane・tsumugu −かさね・つむぐ−  田宮 慎

Blog→ http://casane-tsumug.jugem.jp/

リレーコラム002 小林照美

私にとっての「ゼロダテアートプロジェクト」

キッカケは秋田交流会だった。姉に「秋田県出身者とのお食事会があるよ。行かない?」

2007年2月、御徒町の郷土料理店でゼロダテを知った。当時、広報活動に励んでいたプロジェクトリーダーの「石山拓真」との初対面はこのお店だった。ゼロダテとは「大館をゼロの日付と読み替えると」聞き、上手いこと考えたな~という感想だった。「アート」=「絵」と思っていた一般OLの私には、良く理解できす、熱くゼロダテを語る石山の姿勢に温度差や疑問を持っていた。「ふ~ん」と、全く興味がなかった。

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そして2007年の8月「ゼロダテ/大館展2007」この街と歩く。
大館市で開催され、姉が「行ってみようよ」と誘い、帰郷していた私は渋々、会場へと足を運んだ。作品を見てもよくわからなかったし、作家さん達が何故、作品を作るのか、ここで展示なのかさえ考えたりもしなかった。でも展示以外のイベントにも行ってみた。「長木川秋田スギミニいかだ流しレース」へ参加し、見事入選。素直に喜んで楽しんでいた。普通の観客だった。「ゼロダテ/市民参加パーティ」にも参加した。アートってよくわからないけど、作家さん以外の市民の人たちもなんだか楽しそうにしている・・・私も関われるかな?何か出来るのかな?とふと感じたのを覚えている。
大館市を高校卒業と同時に離れ~13年経過していた。離れたから想うこと「地元のありがたさ」「地元のために何かしたい」うっすらと心のどこかにあったその気持ちが「ゼロダテ/大館展2007」で少しづつ、また芽生え始めた。今思うと、ゼロダテアートプロジェクトの方向性と私の人生の歩みが上手くリンクしたのかもしれない。私にとっての人生の出会い。

2007年11月「2010年に大館に帰郷する」と決意した。1番最初のゼロダテ活動は「首都圏大館ふるさと会」への出席とゼロダテの告知だった。当時は上手にゼロダテを伝える事が出来なかったが、同郷人との時間はとても有意義で楽しかった。そして、毎月の役員会議に出席するようになって更に交流を深め、ふるさと会会長に小林多喜二の「蟹工船」を薦めて頂き、読んでみた。
終盤の「何度でも立ち上がろう」のフレーズが心に残り、今では挑戦するときの愛言葉になっている。2010年で4回目の出席となり首都圏大館ふるさと会は「繋いでいきたい確かなもの」になっている。

本格的に関わり始めたゼロダテ/東京展 2008 「北東北アートネットワーク」
まったくの無知で何をするのか分からず、事務局として教わるままにプロジェクトをサポートした。真っ白いスペースがどんどん変化していく。作品が展示されていくまでの過程を見ているのが面白かった。どうして「竹なんですか?」「どうして・・?」と思うままに作家さん達に伺う私は、今思えば、作家さん達に失礼だったと思う。

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多くの人と出会えて、すごく忙しくて、大変だった。でも充実感いっぱいだった。「私にもできることがあるんだ。」確かな感覚だった。同郷でも世代が違えば関わらない人たち。ゼロダテを通して出会うひとたち、そこには色々な角度から刺激を受け、学びがある。

ゼロダテ/東京展 2009 「これからの 大館ー東京ー秋田」では、よりゼロダテと向き合い、考えて、感じた。1日のイベントがこれほどにもハードな現状に、驚きつつも、個人的には大館帰郷へと日々、計画、実行していった。

ゼロダテ/大館展 2009 「つないで ひろがる このまち」
父親と一緒に古着バナープロジェクトに参加した。仕立屋だった父親は、アレンジにもセンスがあって、その1枚、
1枚の作品は完成度が高く、職人気質の父親を尊敬した。自然に楽しく父親との会話が弾んだ。
憧れのゼロダテ親子コラボが実現した夏だった。商店街に小林の名前がついたバナーを探しては
笑顔と感動が生まれる。
とにかく嬉しかった。

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2009年の夏が終わって、秋からはゼロダテアートセンター東京(ZAC TOKYO)の立ち上げが始まった。
2010年1月1日中村政人さんの一言「志を高く」に胸を熱くした。
2010年3月14日3331 Arts Chiyoda・ゼロダテアートセンター東京プレオープン
2010年4月4日、大館に帰郷。
そして、大館市民になって、「ゼロダテ/大館展2010」の事務局活動開始。
2010年6月26日、3331 Arts Chiyoda・ゼロダテアートセンター東京グランドオープン
中村政人さんの挨拶の言葉を聞き胸が高鳴った。
「アートを志す人間が一人でも多くなって、その志から様々に未来に対して夢を抱いて、描くことが人間の喜び・元気の源になればというビジョンを持ってます。」

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大館に帰って、「ゼロダテ/大館展2010」の準備を続行する。あれもこれも経験したことのない事だらけ。
右も左もわからずで、実行委員の皆さんには迷惑ばかりかけていた。
これが本場のゼロダテか・・・と実感し、振り返って価値・意味を受け止められたのは、9月の終わりごろだった。
これまでの人生で1番、慌ただしい夏だった。


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全くゼロダテに興味がなかった2007年。
今は、アーティストの発想・作品に興味を持って、そのアーティストとおしゃべりする。手をかけるというその姿勢に常に学びがある。ゼロダテという「アートプロジェクト」から見えてくるもの、それは私の生きるイメージへも繋がっていく、素材の一つになっている。だから面白いんだと言い切れるようになった。
成長のターンオーバーは早いがそのスピードに対応出来る自分になりたいから、関わっているのも一つの理由かもしれない。

大館市に住むということ、地元秋田で「ゼロダテアートプロジェクト」に関わるということ、
それは、ここで真剣に生きるということ。

秋田県にしかない、ここでの四季・風・環境・におい・記憶・気候・食・そして人、
私生活の中心にある「つくる」ということが少しづつ見えてきた2010年。

今年5年目の「ゼロダテアートプロジェクト」、より本質を見つめていく。
スタッフと共に。
もっと大館 秋田を好きになりたいから。
もっと大館 秋田を知りたいから。

ゼロダテ アートプロジェクト プログラムマネージャー 小林照美

プロフィール

リレーコラム001 石山拓真

自分にとっての「これまでのゼロダテと、この先のゼロダテ」

ゼロダテの活動も四年目を終え、一つの節目となる五年目に向けて動き始めている。今までの活動を振り返り、大切なことを記憶にとどめ再確認し次のステップに進む準備をしている。


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ゼロダテは地元出身のアーティストが自発的に立ち上げた。それは、今までさまざまな地域で開催されてきたどのアートプロジェクトともまったく異なる。自分が生まれ育った地域でのアートプロジェクトは、今まで考えていた「アート」や「地域活性化・まちづくり」の概念を変える契機となり、自分の両親や昔からの友人などと正面から向き合い、時にはぶつかりそれでも少しずつ認知されてきた。


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2008年にはその年閉校した自分の母校である山田小学校でのアーティスト・イン・レジデンスを開催した。緑に囲まれた校舎に滞在し、全国から集まってきた若手アーティストと廃校後の使い方の可能性を模索した。近所の方々が、朝取れたばかりの新鮮な野菜を毎日提供してくれ、そのことによって住人の距離が縮まった。


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また400年以上の歴史を持った伝統芸能「山田獅子踊り」に、練習から毎晩の飲み会にまで参加し、閉ざされた伝統に対して新たな可能性を見出した。この山田獅子踊りは子どもの頃から毎年お盆に帰郷し参加していて、故郷を離れても、ずっと続いたこの関係がこのレジデンスを成功させたと思う。その後この山田小学校は企業誘致し、現在では生ハム工場として利活用され地域住人による秋田県元気なムラづくりチャレンジ事業も行われている。


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それには地元に住んでいる住人の想いと、故郷を離れそれでもなお強くなる故郷への想いを目の当たりにしたことが大きい。「首都圏大館ふるさと会」といういわゆる県人会のような会があるのだが、東京でゼロダテをはじめた当初から参加している。参加者の高齢化も進み30歳代は自分たちのみであった。しかしこの場所がゼロダテを単なる市民活動ではなく、行政や地元企業の方々との知り合うきっかけとなった。


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一番最初の2007年1月に東京で開催された「ゼロダテ展」では旧正札竹村をテーマにし、東京在住の大館出身者をはじめ、たくさんの方に来場していただき、大きな反響を得ることができた。そこで私は初めて、ギャラリーで作品を見て涙する人を目の当たりにした。廃墟と化した旧正札竹村の内部の映像や、大館では見慣れた旧正札の看板が東京のギャラリーに展示されているその非日常感や思い出なのか。その中で、地元大館に対する想いだけではなく、全国的に問題となっている地方都市の今後のありかたに対する多くの意見をいただくことにより、この「ゼロダテ」というアートプロジェクトの可能性を確信した。

そして美術・アートの概念をもう一度紐解き、アートの本質が地域活性化にもたらす役割、アートが社会の中で本当に役割を果たすことができるのか。クリエイティブ産業(創造産業)が、芸術、映画、ゲーム、服飾デザイン、広告など知的財産権を持った産業であるなら文化産業は遺産的な要素や人生を豊かにするあらゆる活動が含まれ、金銭的価値でない文化的豊かさや社会的豊かさに関係するといえる。この文化産業とクリエイティブ産業の融合が地域経済活性化に繋がるのではないだろうか。

何故そこまでしてゼロダテなのか?本当に秋田に戻るのか?とたまに聞かれる。自分でも冷静に考えてみると...なぜだろう?最近の若者はプロボノという言葉もあるように、生き甲斐や社会に対して貢献したいという想いが強いと言われている。いわゆるネット起業家の76世代(1976年生まれ)ではないのだが、自分の含めこの76世代が最近多く首都圏から秋田に戻ったり、または秋田で熱く活動している。20代から30代にかけて地域のリーダーになり熱い思いで少しでも地元に貢献でき生活していけるなら、10年後の秋田は少しは良い方向に変わるのではないかと考える。地方のアートプロジェクトや地域経済の活性化も考えると、ゼロダテ アートセンター(ZAC)とゼロダテ アートセンター 東京(ZAC TOKYO)の地方と首都圏の二拠点で仕事や生活できるモデルケースを自分自身で検証してみようと考えている。一度故郷を出て、俯瞰し故郷を見て、そして故郷に戻る何ができるのか。

いよいよ五年目の次のステージに向かうゼロダテは、秋田県全域に展開していこうと考えている。しかし実はまだまだ秋田のことを知らない。私は大館出身なので県北から秋田市までしか知らない。県南は行ったことも少ない。まだまだま秋田のことを知らない自分に気づいて、もっと秋田を知りたいと思っている。



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この街でこの空間でしかできないことを、いまの瞬間に形・色・アイディアに置き換える行為は、このまちに新しい希望と勇気を与えるメッセージが宿る。
新しい表現にチャレンジするアーティストのエネルギーを、まちや商店街に伝え育む試みである。

今後は特に大館駅前にある旧映画館 オナリ座を再生し利活用することで、大館はどのように変わっていくのか。ここからの五年後のゼロダテ十年目を見据えてチャレンジしていきたい。


ゼロダテ アートプロジェクト
プロジェクトリーダー
石山拓真

プロフィール

リレーコラム まもなくスタートです!!

平成22 年度「秋田県若手アーティスト創作活動支援事業」の
領域横断型文化芸術活動拠点形成として
ゼロダテ アートセンター[秋田若手アートネットワーク]を軸に
リレーコラムをスタートします。