この時代を共に生きる仲間たちと

大学進学を機に上京して以来、約15年ぶりに秋田に戻り、早いもので1年が経ちました。たくさんの出逢いに恵まれ、人の温かさに触れ、充実した日々を過ごしながら、二度目の冬を迎えています。
ゼロダテとの出会いは、ちょうど一年前。ZAC TOKYOが入居する東京秋葉原の旧中学校校舎をリノベーションしたアートセンター「3331 Arts Chiyoda」のオープンを間近に控え、松渕くんがプロモーションのため秋田市を訪れた際に、ココラボラトリーの笹尾さんから紹介されたのがきっかけでした。東京における秋田の新たな活動拠点、発信拠点、民間によるオルタナティブな秋田を提示していきたいというコンセプトにとても共感しました。
東京にいた頃は、JR系列の「駅ビル」と呼ばれる商業施設を中心に、全国の商業施設(SC)の企画・デザイン・プロデュース・コンサルティング、店舗の企画・業態開発・ストアデザインなどを業務とする商空間デザイン・プロデュース会社で、企画プランナーとして、また、設計者やデザイナーらによるチームを束ねるディレクターとして、東京・大阪を中心に活動していました。
高校も大学も、デザインやアートを専門に学んできたわけではなく、本当に人との縁というか、ふとしたきっかけでこの業界に足を踏み入れることになったのですが、いまこうしてコラムを書いていることを思えば、不思議とそれも必然であったように思えてきます。人生って不思議ですね。

ストアデザインはレディスアパレルを中心に東京や大阪で多くの仕事をさせてもらいました。関わらせてもらった店舗は、新宿ルミネやラフォーレ原宿、六本木ヒルズなどにもまだありますが、東京のリアルクローズの先端のそれらは、本当に華やかな世界。でもそれは、一般の人達の目に触れるごくごく表面の部分で、現場や裏側は、精神的にも肉体的にも、とてもタフさが求められる世界です。女性はパワフルだなぁと何度思わされたことか。それと、レディスアパレルのトレンドの速度は本当に速くて、長く愛されるブランドはほんの一握り。また、商業施設も基本は売ってナンボの世界ですから、これらの仕事をしていた私も、変化の速いトレンドと移り気な消費者を常に意識しながら「いかにして消費させるか?」を考える毎日でした。
「消費」というサイクルから切っても切り離すことの出来ない世界。そんな中で自分なりに仕事の理由を模索する日々が続いていました。「ファッションは何を提供し得るのか?」「店という空間、商業施設という場は、何を提供し得るのか?」単なるモノの行き来を超えた何か、その意味や意義のようなものを。
慌ただしく過ぎる毎日の中で、少しずつ見えてきたのは「高揚感・勇気・前向きな気持ち」ではないか?というものでした。「この服を着て試験や面接を頑張ろう」とか、「初デートやプロポーズの場面、これを着て勝負しよう」とか、「新しい自分」のような気持ちの切り替え、少し背筋がスッと伸びる感じ。そして、お店という空間・場は、それを後押ししてくれる人がいつもその場所にいてくれる、笑顔で出迎えてくれる、自然と笑顔になれる安心感のような存在価値。その場を訪れた人が、そのモノを手にした人が、どんな気持ちになるのか?その「気持ち」や「気分」のようなものを創り出す、提供する仕事なのではないか?と。それからは、提供者側の想い「商品や場を通じて、どんな気持ちになってもらいたいのか?」、そして受け手側の求めている「気持ち」を大切にしながら、企画やデザインと向き合うようになりました。
それでも、仕事で関わるのは東京や大阪といった大都市がほとんど。そして近年の都市部は供給過剰とか成熟消費社会と言われ、目まぐるしい速度で競合他社が消費者を奪い合っています。「モノからコトへ」などと言いながらも、都市部のそれはそう簡単には変わらない、変われない。また、都市部のトレンドは雪崩式に地方に(意図的に)広がり(広げられ)、駅ビルや商業施設は、その規模や形態こそ違うものの、全国どこへ行っても店は似たような顔ぶれ、同じようなモノが店頭に並ぶ。どこの誰が作ったのか分からないモノが大量に作られ、大量に消費されていく。いつしか私は、この奪い合いの世界と移ろいの速度、そして金太郎飴のような開発に対しても、大きな違和感を感じていました。

それは秋田という都会とは異なる世界の「地方」「田舎」で生まれ育ったからかもしれません。そこには地域や土地ごとに文化や風土があって、それらは永い年月をかけて形成されてきた地域固有のもの、そして資産。それらが反映されない画一的な開発は、モノが少なく需要が供給を上回っていた一昔前の時代の価値観ではないか。「もっと地に足のついた永く愛されるもの、どこの誰がどんな想いで作ったのかが見えるもの、その地その地に根ざしたものと関わりたい。そういう価値観を大切にしたい。」想いは日増しに強くなっていきました。また、仕事の多くは商業施設という大きな箱に関係するものだったのですが、そこへ足を運ぶ人の動機や、消費活動することの理由や目的は、そのほとんどが施設の外にあります。日々の日常の中で作られます。私は、「施設の中だけではなく外に出てみたい、日常へ入っていきたい、理由やきっかけを作ってみたい」そんな衝動にも駆られるようになっていました。

若い世代は理由なく無闇にモノを求めなくなりました。「消費」という行為自体が楽しみではないから。モノがあることが、イコールで幸せと直結しているわけではないと気がついたから。今後しばらくは人口も確実に減り続けます。でも、減り続けるという言い方は、このままの価値観と暮らしをしていたらの話で、過去に目を向け、新しい時代を見つめ、そこから未来を想い描けば、人口はかつての地域の自然な数に戻っていくという言い方もできるかもしれません。

秋田に戻ったいま、感じた違和感、湧き出た想いを、この地を拠点に具現化すべく、地域の資産を可視化すべく活動しています。それぞれの地域には、それぞれの風土や、その地に根ざした文化や産業があります。そこには、その地の人たちの個性や思想が必ず反映されていて、体内を巡る血液のように、表面には見えていなくても脈々と流れている。体内の血液を日々意識する人は少ないかもしれないけど、私はそれを強く意識していきたい。

昨年10月3331 Arts Chiyodaでゼロダテの力強いサポートのもと、秋田清酒株式会社さん主催で開催し、好評を得た「やま と しずく L×7→U」。全体のコンセプトメイク・企画・コーディネートを担当させていただいたこのイベントは、「やまとしずく」という日本酒を通して、地域性を色濃く表現できたのではないかと思っています。丁寧に見つめ、丁寧に伝える、無理のない速度で、ゆっくりと進化し続けてきた地域の宝物を、丁寧に。

口にするモノ、食べるということ。
家族、仲間、友人、愛する人。
暮らし、時間、生きるということ。
いま多くの仲間が、どこかみな共通して、このようなことを見つめ直そうとして、現在、そして過去と向き合っているような気がします。生まれ育った地で取り組む人もいれば、そこを離れる人もいる、国を離れ異文化の中で暮らす人もいる。
いまこの時代が素晴らしいことのひとつは、これらの人たちが想いを共にすることができるということ。想いを共にすることができる人と出逢うチャンスが増えたこと。そして、容易に会話をしたり、文章や写真を交換したり、意見を交わしたり、共に取り組むことができるということ。
小さな点が結ばれた時、それは一見不揃いのように映るかもしれないけど、瞬く小さな星たちのように、夜空に大きな星座を描き出す。
この時代を共に生きる仲間たちと、未来に向けた星座を描きたい。
「地域が地域らしくあり続けられるために」
casane・tsumugu −かさね・つむぐ− 田宮 慎




















