2016年3月アーカイブ

春の雑歌

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大館市釈迦内にある大館郷土博物館へ。
建物は旧県立大館東高等学校の校舎を譲り受けたもので、元の体育館を使った展示室には自然・産業・歴史・民俗など各分野の優品が集められており、その様子は「壮観」の一言に尽きます。
先日訪れた時、その2階にある先人顕彰コーナーで紹介されていた、一人の文学者に惹かれ、一冊の古書を買いました。

『譯萬葉』

秋田県鹿角郡七滝村大地(現鹿角市小坂町)に生まれた、歌人で国文学研究家の村木清一郎(1887〜1966)の代表作の一つです。
この名前はどこかで聞いたことがあるな、と思い、博物館の説明パネルを見て合点が行きました。村木は大館市内の小中学校の校歌の詞をいくつか手がけていました。今年度の「芸術家の派遣事業」で訪れた 有浦小学校と大館第一中学校の詞も彼の手によるものです。

さて、『譯萬葉』に話を戻すと...村木による現代語訳と原文を比べ読みすることで、原文の韻律を訳に活かしていることが伺えます。『譯萬葉』の序文で村木は韻律を「詩歌の生命」と称していますが、一首一首にその執心が表れているように思います。
同時に、現代語訳されたものを読むことで、村木の言葉の選び方などに表れる言語感覚を楽しむことが出来ます。実際に歌を詠んだのは万葉人なのですが、村木の想像力は歌を二次的に創作し、受け手である私たちに歌の世界観に触れる「きっかけ」を作っているように感じてやまないのです。

心を惹かれた歌は多数あるのですが、今回は2首のみを紹介します。
藤原広嗣が娘子(をとめ)に桜の枝と一緒に贈った歌だそうです。娘子が誰なのかは不詳です。

此花乃 一与能内尓 百種乃 言曽隠有 於保呂可尓為莫
このひとひらに
かずかずの
ことばがこもる
おろそかにするな

この歌にはこの娘子からの返歌があります。

此花乃 一与能裏波 百種乃 言持不勝而 所折家良受也
この花の
このひとひらは
かずかずの
ことばが持てず
おられたでせう

返歌の意味の解釈には諸説あるそうです。特に下の句に関しては、「かずかずのことばを持たないために折られたのでしょう」、という説と「かずかずのことばの重さに耐えかねて折られたのでしょう」という説があるそうです。
学術的なことは分かりませんが、あくまで個人的な感想としては、後者の解釈の方がしっくり来ます。広嗣が娘子を想って歌を送ったとするならば...後者を採用した私の想像では、重さに耐えかねたひとひらの花に求愛に対する断りを込めたのか...?歌人の真意はさておき、想像は膨らんで様々なストーリーを考えさせてくれます。
後者の解釈が私が気に入っているのは、アイロニカルな返しをしている点にもあります。どうもこの返歌には、広嗣のみならず現世に対する皮肉や諦観、ささやかな抵抗感を感じずにはいられないのです。

先に「村木の言葉の選び方などに表れる言語感覚」と書きましたが、彼の生涯唯一の歌集『朝月夜』は現在流通していないため、彼の手による詩歌を目にする機会は殆どありません。しかし、大館市民にはなじみのある場所、桂城公園には村木自身が詠んだ歌を刻んだ碑があります。

わがまへに おほきみづうみ よこたはり 戸来の山の雲はうごかず

これはおそらく青森県にある戸来の地にて書かれたものと思われます。湖とは十和田湖のことでは?碑は大館市街を南から臨むことの出来る場所に建てられています。ここは戸来ではなく大館であって、無論湖は見えませんが、空の青や時に銀色がかった灰色が街に沿うように横たわっています。そして、遠景には街を囲むような山の連なり。31文字の端的なことばは私の想像力を掻き立てるものであり、大館という街の風景を新鮮に見せてくれるように感じています。

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text & Photo :清水彩



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